枕の選び方


あなたの「枕不眠度」を知る

どんな不眠症の陰にも枕不眠が潜んでいると言いましたが、枕の影響がどこまで大きいかは、それぞれに違います。ここでは、あなた自身の「枕不眠度」を考えてみましょう。枕不眠度を測るのは簡単です。起床後すぐに、自分の身体の状態を観察してみればいいのです。

私たちの頭部の重さは6~8キロ。起立時にこれだけの重みを支えているのは首の骨、軟骨や筋肉ですが、眠っている間は枕が支えてくれます。したがって、適切な枕で眠れば首にとっても完全な休息となり、朝になれば肩こり、頭痛、手のしびれといった頚推の症状は解消しているはず。少なくとも前日よりは回復しているはずです。

それなのに、起きた瞬間からど1んと首や肩が重い、後頭部がずきずきする、手がしびれるなどの症状が出るとしたら、寝姿勢が悪かったと疑わざるをえません。さらに、起床後、しばらくしてそれらの症状が改善するのだとしたら、寝姿勢に原因があることは決定的です。起き上がることで頭の重みがすべて首にのしかかってきても、寝ているときよりはまだ負担が小さいという証明だからです。 

そこまでひどい状態ではないにしろ、前日の疲労感や首の痛みが続いているとか、熟睡感がいられないとすれば、睡眠本来の目的である休息と心身のリセットが成し遂げられなかったことになります。 


睡眠薬では苦しさは消えない

寝返りこそが熟睡のキーワードであること、そして自然な寝返りを打ちやすくしてくれるのも、阻害してしまうのも、枕であることが、よくおわかりいただけたでしょうか。

それでは、寝返りを打ちやすい枕とはどんな枕なのでしょう。最適な枕の高さは、おもに使う人の体型によって異なり、5ミリ単位で決まると考えられます。たった5ミリ違うだけでも寝返りの打ちやすさは変わります。また、ある人にとっては寝返りのしやすい枕でも、別のある人にとっては打ちにくい場合かおるわけです。「たった5ミリの差を気にするなんて、ちょっと神経質すぎるんじやないか」

こんなように思われるかもしれません。しかし、実際に寝て体験してみると、あなたにも五ミリの差を感知する能力が備わっていることがわかるはずです。人間はそれほど繊細な生き物であり、枕はそれだけ微妙な寝具です。

そして不眠症の正体も、たいへん複雑でやっかいです。原因もさまざまなら、症状もさまざま、程度もさまざま。深刻に悩んでいる人もいれば、あまり気にかけない人もいます。さらに問題なのは、日本ではまだ診断治療において「不眠」がきちんと体系化されていないことです。

そもそも日本人は、不眠を改善するために医療機関を受診することが少ないようです。アメリカ人のように、気軽にカウンセラーに相談することもありません。しかし、たとえ病院の敷居をまたいでも、総合受付で立ち尽くすことになるかもしれません。

「いったい河科にかかればいいんだろう。私が眠れない原因は何だろう……?」

各科縦割りが診療の基本となっている日本の医療機関においては、不眠や身体のだるさ、不調、身体各部の痛みといった漠然とした症状を訴えても、総合的に診てくれるセクションが少ないため、あちこちの科をたらい回しにされることが多いのです。

内科へ行けば「内臓には問題ありませんよ」。外科では「レントゲンを撮っても、画像上は何も異常がないようですね」。それならと精神科を訪ねてみれば「とくに病気とは言えません」。大病院、総合病院ほど、診療科どうしの連絡がよくないところが多いのでたいへんです。患者さんは一日がかりで病院中を歩き回り、何時間も待合室で過ごしたあげく、疲れ切って帰るだけ。

「結局、病院へ行っても何の解決にもならないじゃないか」

このような現行医療への不信も手伝って、手軽に購人できる市販薬のニーズが高まるのでしょう。たしかに市販薬なら、誰でもすぐに使えますし、再診などのめんどうもありません。しかし、市販の睡眠薬の多くは、風邪薬や抗アレルギー薬のなかから眠くなる成分だけを取り出したもの.効果の点で疑問がありますし、副作用の面から否定的な専門家も少なくおりません。睡眠薬を飲んで眠ると、レム睡眠とノンレム睡眠のバランスが悪くなることもわかっています。また、不眠症には人眠障害から早朝覚醒までさまざまなタイプがあるのに、作用時間を無視して適当な薬を飲むのも危険です。

第一、薬の力で無理やり眠ったところで、ほんとうに快い睡眠が得られるのでしょうか。もし不眠の原因が枕障害たったとすれば、いくら眠ったとしても、結局は首の痛みや腕のしびれで目が覚めます。もっと困るのは、睡眠薬が効きすぎて、つらい姿勢のまま眠り続けてしまうこと。朝、薬が切れて目が覚めたら、首が痛くて回らないとか、身体中がこり固まって起き上がれないといった苦しみを味わうことになってしまいます。

ぐっすり眠って疲労を回復し、心身をすっきりリセットするためには、やはり自然に眠るのがいちばん。睡眠薬に頼るよりは、眠れない原因をきちんと追究することです。その第一歩として、まずは枕を見直していただきたいのです。


疲労回復に寝返りは不可欠

「寝返りの科学」なる研究分野があるほどに、睡眠中の寝返りは私たちの生命維持に大きな役割を果たしています。「眠り」と同様、「寝返り」のメカニズムについても、まだすべてが解明されたわけではありません。しかし、最近ではかなりのことがわかってきました。

睡眠中でも、私たちの身体はさまざまな仕事をおこなっています。たとえば身体を成長させる、体内組織を修復する、心身の疲労を回復する、免疫力至局める、記憶を整理する……。だから、眠っていても最低限の動きが必要です。動くことによって血液やリンパ液、関節液などの循環を促し、睡眠中に処理しなければならないさまざまな仕事に役立てるためです。寝返りは、そうした重要な目的で身体を絶え間なく動かす合理的な行為と言えます。

また、覚醒時でもそうですが、私たちの身体は長時間、同じ姿勢を続けると血流が悪くなり、あちこちが痛んだり、しびれたり、むずむずしたりするものです。それは、「そろそろ身体を動かしてくれないか」という、身体からの呼びかけです。睡眠中の寝返りが身体の休
息であるレム睡眠中に多いのも、同一姿勢を続けることによる血流不良を避けるためと考えられています。寝たきり老人などの場合には、このメカニズムが働かないので床ずれが生じるのです。

寝返りには、体温調節の機能もあります。長時間、同じ姿勢で横だわっていると、身体の下になった部分では体温がこもりやすくなります。だから、ときどき身体の向きを変えることによって、体温の上昇を抑えなければなりません。

すでに述べたように、起立歩行動物である人間にとって、唯一背骨に負担のかからないのが横だわった姿勢です。横になって眠る間に、私たちの身体は、起立時にかかった圧力でひずんだ脊椎や椎間板、筋肉などを休め、翌日までに本来の状態にリセットしようとします。身体中の骨や筋肉をまんべんなく休ませるためにも、寝返りは必要です。朝方にレム睡眠が多くなり、寝返り回数が増えるのは、いよいよ起き上がり、活動を開始する準備なのでしょう。

睡眠中にもそうしたすべてのことがスムーズにおこなわれてこそ、私たちは熟睡したことになるのです。自由に寝返りできてこそ熟睡度は上がります。寝返りなくして熟睡なし。寝返りのたびにどこかが痛んだり、手がしびれたり、身体が安定せずに目が覚めるようでは論外です。

それでは、寝返りの重要性を十分、おわかりいただけたところで、あなた自身の寝返りを思い出してみてください。どちらかの肩を頭の下に敷き込んだ半うつ伏せ寝になってはいませんか。寝返りのたびに、その肩をよいしょと持ち上げていませんか?

患者さんの枕を調整するために「寝返りをしてみてください」とお願いすると、いちいちどすんどすん且肩や腰を持ち上げて寝返りを打つ方がいらっしゃいます。それでは寝返りとは呼べません。ほんとうの寝返りは、ころころと転がるように身体の向きを変えることで
す。何の抵抗もなく平らな地面を転がるように寝返りできるようでなければ、疲労もとれませんし、熟睡もできません。

それにしても、どうしてそんな妙な寝返りになってしまうのでしょうか。答えは簡単。枕か敷物、もしくはその両方が不適切だからです。

本来、病気などで身体が動かない方を除けば、寝返りのできない人間などいません。たいていの赤ちゃんは生後3~4ヵ月ごろ、遅くとも五~六ヵ月になると、自然に寝返りを打ち始めます。ころころととても上手に。よいしょと腰を持ち上げて寝返りする赤ちゃんなん
て、見たことないですよね。

つまり、本来なら誰だってスムーズな寝返りはできるもの。それができないのは、外的な要因のせいなのです。

私たちの身体は、新生児から幼児へ、幼児から子どもへ、そして成人へと成長するにしたがって、どんどん体型が変わります。身体の大きさに対して、頭の比率が小さくなるのです。横だわった状態で見ると、頭が小さくなる分だけ、敷物表面から頭までの距離が遠くなります。そこで、その隙間を枕という寝具で埋めてやらなければなりません。

その際、高さも硬さも形状もその人の身体に合った適切な枕で眠れば、寝姿勢が安定し、寝返りするにも抵抗かおりません。ところが、枕が不適切だと静的寝姿勢が悪くなるだけでなく、寝返りを打つたびに大きな筋力とエネルギーが必要になります。

雨が降った後の轍を想像してください。ぬかるんだ泥道を運転していて、車輪が深い轍やぬかるみにはまってしまったら、抜け出すためにどれほどのエネルギーが必要か……。どうしても脱出できなければ、ジャッキで車輪を持ち上げなければなりません。深く沈み込んだ枕や、ゆがんだ枕の上で寝返りを打つのも同じこと。寝返りのたびに腰を浮かせたり、肩を持ち上げるのは、睡眠中の身体にとってたいへんな重労働なのです。

もう少し細かく見てみると、寝返りを打てない状態には2通りあります。上を向いたまま横向きになれないパターンと、横を向いたまま上向きになれないパターンです。どちらのパターンが現れるかは枕や寝具次第で異なり、その結果、引き起こされる症状も違います。

前者の場合に起こりやすい典型的な症状が「寝腰」。目が覚めたときから腰が痛いとか、なかなか起き上がれない症状です。ほかに肩こり、頭痛、目の奥の痛みなどもよく起こりま す。後者の場合には、下敷きになった手がしびれたり、肘が曲がらない、腕が仲びない、痛くて腕が動かせないといった症状がよく見られます。ときには、下敷きになっていた側の顔面がしびれたり、耳が痛むなどの症状も出現します。いずれも、寝返りのできない状態で長時間、同じ姿勢を強制されるため、頚椎や腰椎が強いストレスを受けて起こります。 


自分の体に合わない枕は拷問と同じ

下部に入り、第4類推と第五類推の間から出ている第五類神経は、ちょうど肩の後面から腕に向かって伸びています。夜中に肩の痛みを感じて何度も目が覚めるとき、ちょっと年輩の方だと「いよいよ4上司だろうか」とか「五十肩なんだからしかたない」などと考えがちですが、じつは合わない枕で寝ているために首が傾きすぎて、第5頚神経を圧迫していることも考えられます。

次の第6頚神経は、肘の周囲に伸びています。したがって、起きたときに肘が痛いとか、肘の曲げ伸ばしがうまくいかないという方の場合は、この神経が傷んでいることを疑ってみる必要があります。

そして、いちばん下部にある第7頚神経と第八頚神経は、指先にまで到達しています。とくに第八頚神経は、肘の内部にある細い骨の隙間を縫うようにして小指の先にまで伸びているため、圧迫を受けやすい構造にあります。朝起きるたびに小指がしびれているとか、なんとなく手がはれぽったい、手に力が入らないなどという場合にも、首の神経を圧迫していることが原因かもしれないのです。

もちろん、あらゆる症状がすべて枕のせいだとは言えません。ほかの病気による症状であることも十分考えなければなりません。また、頚椎に年齢変形や外傷の後遺症があるような場合には、枕やネ姿勢に関係なく同様の症状が出ることがあります。

しかし、合わない枕で寝続ければ、いずれは誰にでも何らかのつらい症状が出てくる可能性はあるのです。なぜなら、合わない枕で眠るのは、首の骨にとって拷問も同じだからです。誰だって、ひどい拷問を受けたり、残虐な暴力行為にさらされれば、無意識のうちに防御姿勢をとるものでしょう。枕の拷問を受けたときも同じです。

合わない枕を当てて眠った夜、私たちの身体はどんなように対応していると思いますか?無意識のうちにも自らの手を動かして、頭の下の枕をずらしたり、はね飛ばしたりします。身体全体が枕から逃れよう、逃れようと動き回ることもあります。枕の代わりに自分の腕や肩を不自然な形に曲げて頭を預けることもあります。いずれにしても、朝起きてみると、頭の下に枕はありません。

はだから見れば、「なんて寝相の悪い人」などということになってしまうかもしれませんが、じつはそれもこれも、拷問から逃れるための適切な行動なのです。だって、考えてもみてください。無理な姿勢で首の骨を圧迫したまま6時間も八時間も眠り続けるとしたら、ど
うなってしまうのか……。ちょっと考えただけでも恐ろしい話です。寝違えを起こす人も、ひどい頭痛に悩む人も、腕のしびれ竺屑こりに苦しむ人も、はるかに増えるに違いありません。

合わない凹凸枕の上で首がぐらぐら拷問を受けるよりは、枕を使わず平らな敷物の上で眠るほうがまだましです。少なくとも、首が安定して寝返りが打てます。 


寝姿勢が悪いと、色々な影響が

「私はどんな場所でも、どんな格好でも、眠たければすぐに眠れる」

ときどき、こんな自慢をする方にお会いします。しかし、そういう人でも、ソファでえびのように丸まって寝人ってしまった翌朝、身体のあちこちがこわばって痛かったり、だるかったという経験はあるはずです。あるいは、旅行先のホテルで、洋画に出てくるような2段
式の羽毛枕に頭を沈めて眠ったところ、寝苦しくて困ったとか、朝になったら腕がしびれていたなどという経験はありませんか。

寝姿勢の悪さは、熟睡をさまたげるだけでなく、身体の痛みやしびれといった症状を引き起こすのです。そして、寝姿勢を決定する大きな要素が、布団やベッドなどの敷物と枕。とくに上半身、つまり頭、首、肩、上背部、腕、手に与える影響が大きいのが枕です。なぜなら枕は、一見、頭を置くだけの道具に見えますが、じつは睡眠中の首の角度を決定する大切なもの。首の位置や角度によって背骨全体のポジションが決まり、寝返りの打ちやすさまで左右されるのです。

このあたりで、頚椎や脊椎の構造についてちょっと勉強しておきましょう。少し専門的でむずかしいかもしれませんが、骨の仕組み
がよくわかると、正しい寝姿勢や枕の重要性が理解できるはずです。

首の骨、つまり頚椎は7つの小さな骨から成り立ち、7つの骨の中を脊髄神経という重要な神経の東が走っています。そして、この脊髄神経から一本ずつ枝分かれした計八本の細い頚神経が、頭や首回り、肩甲骨の周囲、腕や指先まで、左右に分かれて支配しています。つまり、左右別々に運動、感覚、痛みなどを司っているのです。

枕が高すぎたり、低すぎたり、軟らかすぎたりすると、首が不自然な角度で傾くので、これらの頚神経は根元で圧迫されて障害を受けます。また、直接、圧迫することはなくても、不自然な寝姿勢のせいで首の後ろの筋肉が緊張すれば、神経に栄養を運ぶ血管が締めつけられて血液循環が悪くなり、やはり神経は痛みます。

もう少し詳しく、上から順番に頚神経の場所と障害を見ていきましょう。

第一頚椎と第2類推の間から頭のほうへ伸びている第2頚神経後枝が「大後頭神経」。この神経が締めつけられたり、傷んだりすると、頭痛や後頭部痛の原因となります。また、大後頭神経は髪の生え際あたりで三叉神経にリンクしているので、三叉神経痛として目の奥の痛みや、目頭がきりきりするといっか症状が出ることがあります。

第2頚神経前枝、および第2類推と第3類推の間から出ている第三頚神経前枝は「小後頭神経」です。この神経は、耳の後ろから顎の関節、首の付け根あたりに分布します。寝ている間に耳がちぎれそうなほど痛くなったり、朝起きたら耳がしびれている、顎のあたりに違和感があると訴える患者さんがいますが、そういうケースでは、まずこの神経の異常が考えられます。

第3頚神経と第4頚神経は、喉や首回り、そして前胸部を支配しています。寝姿勢が悪いためにこれらの神経が傷つくと、喉が締めつけられるように感じたり、胸に圧追感を覚えたりします。 


枕ひとつだけでも睡眠の質が変わる

すべての不眠症のうち、どれくらいの割合で枕が関係しているのか、正確なパーセンテージはわかりません。しかし、私たちの診療所で受診された患者さんを対象におこなったアンケート調査を見ても、けっして少なくないことはわかります。もともと何らかの身体症状かおる方を対象にしているという点で特殊なサンプルではありますが、現在使用中の枕に関し て「不満」と答えた方が60パーセント。それが、適切な枕に取り替えた後は76パーセントの方が「睡眠に満足」と答えるようになりました。

枕ひとつで睡眠のパターンも質も変わります。「手がしびれる」とか「寝違えがよく起こる」といった整形外科関係の症状が改善するのはもちろん、それまではうつ病だから薬を飲まなければ眠れない」「年だからトイレが近いのはしかたない」などと、半ばあきらめて
いた不眠症までよくなることかあります。枕不眠が、何食わぬ顔でほかの原因による不眠症の陰に隠れて、けっこう悪さをしているからです。

論より証拠。このこと裏づける実例をご紹介しておきましょう。

まず、32歳の男性のケースです。がっしりした体格で、身長175センチ、体重は87キロ。体格は枕の高さに影響するので、私はまず患者さんの身体つきに注目します。この方の場合は、学生時代に野球をやっていたため、右一肩から右腕にかけての筋肉が左と比べてよく発達していることが気になりました。

彼が来院しか直接の理由は、首のヘルニアでした。頚椎の椎間板が骨の隙間から脱出して、強い痛みや手のしびれを引き起こしていたのです。そのため「首が痛くてよく眠れない」といいます。さらに話を聞いてみると、大きな身体のわりに気持ちの繊細な方で、職場関係でいろいろ悩んでいることもわかりました。

「あれこれ考えるとますます眠れなくなるものだから、朝起きても朝食がおいしくないし、会社に行く気もしない。ひょっとしたらうつ病なのかなあ……。妻によれば、夜中にいびきがひどいし、さらに、突然、息が止まることもあるというんです。健康だけが取り柄だと思っていたのに、何か悪い病気があるんでしょうか。やっぱりうつ病かなあ……」

私は枕について質問してみました。

「枕ですか……? いくつか替えてみましたが、なかなか合うものは見つかりませんねえ」

そこで、私たちの研究所で彼の身体に合う整形外科枕を調整してみました。すると、どうでしょう。あっという間に首の痛みも、手のしびれも、肩こりも解消。朝起きると身体はすっきり、心も晴れ晴れして、朝食がおいしくなったというではありませんか。いびきもかかなくなり、夜中に呼吸が止まることもなくなったので、奥さんも安心した様子です。

「心配されていたうつ病のほうはいかがですか?」

 「え……? 何のことですか?」

これには、私のほうが拍子抜けしてしまいました。

もう一人ご紹介したいのは、7八歳の女性です。身長148センチ、体重63キロ。ちょっと小太りで、背中が丸くなった農家のおばあちゃんです。長い間、畑仕事を続けてきたお年寄りのなかには、背中や腰の曲かってしまった方が少なくありません。骨粗握症で骨がも
ろくなって、背骨が変形したためです。

おばあちゃんの話を聞いてまず驚いたのは、「夜は横向きでないと眠れないし、寝返りも打だない」ということです。そのせいでしょう。朝になると首も腰も痛くて、起き上がるにもかなり苦労する様子です。夜中に5~6回目を覚まして、トイレに行くのも習慣になっているようです。あまりにつらいので、かかりつけの内科医院で睡眠薬を処方してもらい、内服してから寝るのが日課になっていました。

枕について聞いてみると、自分でつくったタオル枕を使っているとおっしゃいます。「ぐっすり眠りたいと思って、いろいろ工夫してみたんですよ」

その工夫の成果が、2段構えのタオル枕。頭の下にたたんだタオルを置き、首の下には筒状に丸めたタオルを置いて寝ていると、自慢そうに説明されるのです。

これを聞いて、私はあきれるより恐ろしくなりました。そんな枕で頭と首を固定してしまったら、寝返りなど打てるわけがありません。寝返りを打てないためにさまざまな症状が出ているのに、寝返りを打てない原因が「眠りたいために工夫した」手づくり枕だというので
すから、本末転倒です。

おばあちゃんの自尊心を傷つけないよう気をつけながら、枕を替えることを提案してみました。もちろん上向きでも横向きでも無理がなく、寝返りの打ちやすいせんべい座布団枕です。数日後にお会いしたおばあちゃんは、「朝の腰痛が楽になり、夜中に足がつることもなくなった」と大喜びでした。枕で首が安定すると、腰までの背骨全体の寝姿勢が改善し、腰や足の症状が軽快する例があります。なかでもとくにうれしそうだったのは、夜中のトイレの回数が一回に減ったことでした。さらに最近では、睡眠薬を飲まなくてもぐっすり眠れるようになった様子です。

以上にご紹介した2例は、枕の調整がとくに目覚ましい効果を発揮したケースです。すべての症状が、枕を替えただけで改善するとはかぎりません。しかし、あなたの不眠症の場合 も、少なくとも枕が複合的な不眠症の原因のひとつとなっている可能性はあるのです。 


「枕不眠」はどの不眠症にも潜む

テーマである「枕」は、それぞれの不眠症タイプとどう関係しているのでしょう。結論から言うと、「枕不眠」はどの不眠症タイプにもあてはまります。なかなか寝つけないという人も、夜中に何度も目が覚める人も、朝早く目が覚めて困るという人も、熟睡感の得られない人も、枕を替えるだけで驚くほどよく眠れるようになることがあります。逆に言えば、不適切な枕を使用していると、あらゆるタイプの不眠症パターンが出現する可能性があるのです。

それぞれのタイプと枕の関係を見てみましょう。

まず、「寝つきが悪い」と訴える人眠障害の患者さんには、上向きで横になったときに気持ちょいと感じられる枕を使っている方が多いようです。わざわざ専門店まで行って高価な枕を購人したという患者さんもいらっしやいます。

ところが不思議なことに、いざ眠ろうとすると、なぜか首の置き場がない。寝姿勢が決まらない。やむなく詰め物のソパガラを寄せてみたり、パンヤを叩いて低くしてみたり、裏返してみたり、しまいにはもうひとつの枕やクッションを引っ張り出してきて2段重ねにして
みたり……。これでは寝つけないのもあたりまえです。

なぜそんなことが起こるのでしょう。答えは簡単。私たちは夜間に何十回も寝返りを打ちますが、この寝返りこそがキーワードです。楽な寝返りは熟睡をもたらします。では、楽な寝返りとは? それは上向きと横向きの寝姿勢に適合する枕を使うことです。「寝る」というと、どうしてもお行儀よく上向きに眠っている姿をイメージしてしまいがちですが、そんなイメージに縛られて枕を買ってしまうと、上向きしか合わない、つまり寝返りができない夜を過ごすことになるのです。

次は「夜中に何度も目が覚める」という途中覚醒。このタイプの不眠症では「3度も4度もトイレに行かなければならない」と悩む方が多いようですが、ほんとうに排泄の必要性があって目覚めるとはかぎりません。枕が合わないために寝苦しく、首の痛みや身体の下に巻き込んだ腕のしびれのせいで目が覚める。そして、目覚めたらとりあえず起き出してトイレに行くのが習慣になってしまった……。枕障害では典型的なパターンです。その証拠に、適切な枕に替えただけで「夜中のトイレが一回になりました」とおっしやる方も多いのです。

私は、背中の曲がったおばあさんから、こんな涙ぐましい話を聞いたことがあります。

「夜中にトイレに行きたくないから、夕食後はどんなに喉が渇いても水は飲まないようにしているのに、どうしてなのかねえ……」

よくよく聞けば、ぐっすり眠りたいために高価な羽毛枕まで購入したということ。なんと皮肉な話でしょう。羽毛枕では寝ているうちにつぶれて、どんどん頭が沈み込んでしまいます。そんな枕に頭を沈ませて、寝返りもできずに寝ているおばあさんのつらさは想像を絶するものです。それもこれも、誤解のせいです。そもそもへんてこな枕で途中覚醒さえしなければ、水を制限する必要もないのです。  「早朝、目が覚めると、もう眠れない」という早朝覚醒はどうでしょう。このタイプの不眠症は60歳以上で増加することから、高齢者の睡眠障害の特徴とも言われますが、若い人でも見られます。そして、やはり枕のせいであることが少なくおりません。

身体に合わない枕で寝ていれば、当然、寝返りが打ちにくく、首や腰が痛くなるわけですが、眠りの深いノンレム睡眠の間は目覚めるまでには至りません。しかし、明け方になると睡眠深度が浅くなるため、ちょっとした違和感や不快感かおるだけでも目が覚めてしまうのです。

最後に、「いくら寝ても、ぐっすり眠った気がしない」という熟睡障害について考えてみましょう。すでにお話ししたように、いくら長時間眠っても、その間に前日の疲労やさまざまなストレスが解消し、心身がリセットされなければ熟睡とは言えません。そして熟睡する ためには、私たちの身体、とくに大切な脊椎をすべての負荷から解放してやりながら、何度も寝返りを打って血液や体液を身体中に循環させる必要があります。

ところが枕の高さや形が合わないと、脊椎には寝ている間にも無理な力が加わります。楽な寝返りができないようでは、いくら眠っても疲れがとれません。それどころか、眠れば眠るほど疲労が蓄積するという悪循環に陥ってしまうのです。


不眠症にも色々なタイプがあります

不眠症の原因をいろいろと見てきました。「なるほど、自分の不眠症の原因はこれかもしれない」と思った方もいらっしやるでしょう。しかし、改善策や治療の方向がはっきりつかめた方はあまり多くないかもしれません。熟睡を取り戻すまでの道のりは、それほど平坦ではありません。なぜなら、不眠症の原因はひとつではなく、いくつかの要素が複合している場合があるからです。

不眠症を克服するためには、生活習慣を見直すことも必要ですし、睡眠環境を改善することも必要です。複数の診療科にまたがって、同時進行でいくつかの治療を受けなけらばなら ないこともあります。こんな話をすると、いったいどこから手をつければいいのか、どうすれば最短コースで熟睡を取り戻すことができるのだろうか、などと考え込んでしまうかもしれません。しかし、そんなことで思い悩んでいても、ますます眠れなくなるだけ。簡単なことから、ひとつひとつ地道に解決していきましょう。

そのために知っておいていただきたいのが、「眠れないパターン」別に分類した4つの不眠症タイプです。これは、不眠症の相談を受けた医師が診断をおこなうための指標ともなっています。

第一のタイプは、「ベッドに横になってもなかなか眠れない」という「人眠障害」。昔からよく「どうも私は寝つきが悪くて……」などという表現が使われますが、そういう方がこのタイプにあてはまります。原因としては、精神的なストレスや緊張、興奮、肉体的な痛みや
かゆみ、心臓疾患、そして光や騒音といった睡眠環境が考えられます。

第2は「途中覚醒」。寝入るのには苦労しないけれど、夜中に何度も目が覚めるというタイプです。この場合は、アルコールの摂取や、前立腺肥大などによる頻尿、睡眠時無呼吸症候群、むずむず脚症候群、そして何らかの疾病による痛みやアトピー性皮膚炎などによるかゆみが原因として考えられます。

第3は「早朝覚醒」。朝早く寝覚めてしまい、ほんとうはもっと寝たいのに、もう眠れないというケースです。この種の睡眠障害は高齢者やうつ患者によく見られます。

第4が、時間的には十分寝たはずなのに、なぜか朝になっても熟睡感が得られない「熟睡障害」。これは、さまざまな要因が複合して引き起こされると考えられています。

あなたの不眠症も、このなかのどれかにあてはまるでしょう。なかには、2つ以上のパターンに合致するという方もいるはずです。すべての不眠症がそれぞれの型に典型的な症状を示すわけではないし、「あなたはこのタイプ」と、はっきり分けられるわけではありません。タイプ別に一対一で特効的な治療が見つかるわけでもありません。


しかし、原因となる疾病によっては、ある程度、特徴的なパターンを示す傾向の強いものもあり、不眠の原因を突き止める于がかりになるのです。

これらのタイプ分類は、相談を受けた医師が睡眠薬を処方する場合に、どんな時間帯に効き目のある薬を選択するかを決めるための指標にもなります。人眠障害なら眠りに入る段階で効果を発揮しなければいけないわけですから、超短時間作用型の睡眠薬を選ぶべきですし、途中覚醒や早朝覚醒のタイプでは睡眠を維持させるために中間作用型や長時間作用型の薬が有効です。


眠れない原因で考えられるのは

それでは、あなたが眠れなくなった原因はどこにあるのでしょう。「このごろ、眠れないなあ……」が始まったころ、何かきっかけとなるできごとがなかったか、そのころ、同時に起こった症状がなかったかをよく思い出してみてください。

不眠の原因としては、よく精神的なストレスがあげられよすが、あなたの不眠も一過性のストレスが原因かもしれません。

たとえば、職場でひどく腹のたつことがあった、恋愛関係0悩みがある、肉親の不幸があって以来、心の傷が癒えない……。そうした心あたりがあるなら、心の問題を解消することが先決です。上司や同僚に相談したり、恋人とよく話し合うなどしてみてください。それでも心の安定が得られないようなら、カウンセラーに相談してみるのもいいでしょう。多くの場合、誰かに話を聞いてもらうだけで、ずいぶん気持ちが軽くなるものです。

転居や転職など生活環境が急激に変化したときや、騒音や照明といった睡眠環境が変わっだとき、仕事に没頭していて興奮状態が続くときなども、それが原因となっている場合があります。少しでも状況をコントロールするよう工夫してみてください。

それから、見逃してならないのがアルコールやカフェイン、ニコチンの摂取。これらの嗜 好品を大量に摂取したり、習慣的に摂取したりすると、不眠の原因になることがわかっています。また、ほかの病気の治療のために処方された薬剤、たとえば血圧降下剤や気管支拡張剤、抗潰瘍剤、ホルモン剤の副作用として不眠が起こることもあります。思いあたる方は、その薬を処方した医師や薬剤師に積極的に問い合わせてみるべきでしょう。

以上のような条件にまったく心あたりがないとすれば、何らかの病気の一症状である可能性を考えなければなりません。病気の種類を問わず、夜間に痛みやかゆみがあれば睡眠は障害されます。

なかでももっとも多いのは、首か腰に疾患かあるケース。首痛、頭痛、手のしびれ、腰痛、足のしびれ、こむら返りなどがあれば、当然、眠りが浅くなりますし、たびたび目が覚めるようになります。寝具の影響がひじょうに大きいので、枕やベッドマット、布団を替え
るだけでよくなるかもしれません。ほかには、胃潰瘍の上腹部痛や、尿管結石による背部痛などの内臓痛によって睡眠が妨害されることがあります。

かゆみも軽視することはできません。アトピー性皮膚炎の患者は眠りながらぼりぼり皮膚をかくので眠りが浅くなったり、ときにはあまりのかゆさに目が覚めてしまうこともあります。老人性皮膚掻蝉症では、人眠時に血管が拡張し、かゆみが襲ってきます。

そのほかに不眠を招きやすい疾病としては、前立腺肥大や膀胱炎があげられます。いずれの場合にも、尿意を頻繁に催すようになり、そのたびに睡眠が中断されます。また、喘息や肺・気管支の病気があると、咳や息苦しさ0ために熟睡できません。

そして最後に疑わなければならないのが、不安神経症やうつ病。不眠症は、こうした病気の一症状として現れることも多いのです。これら神経科の疾患については、自他ともに気づきそうでありながら実際には気づかず、思いあたるふしがあってもなかなか病院へ行く決断がつかないもの。「もしや……」と思ったら、なるべく早く専門医に相談し、根本的な治療をすることが肝要です。 


「不眠症」は病気ではなく、症状です

睡眠科学の第一人者であり、医者でもあるウィリアム・C・デメント博士は指摘しています。

「不眠症を治療するとき、最大の障壁は、それが深刻な問題であることを、本人に納得してもらうことだ」

まさに、そのとおり。不眠症はたいへん深刻な問題です。長期にわたる不眠症は、「睡眠負債」として蓄積しながら悪化し、生活習慣病などの合併症の引きがねになります。また、私たちの活力や認知能力を蝕み、日常生活での生産性を低下させます。夜の間に十分な睡眠を得られない反動として、日中、強い眠気にさいなまれ、思わぬ事故の原因となる可能性もあります。

1979年、アメリカのスリーマイル島の原子力発電所で起こった放射能漏れ事故、2003年2月、日本の山陽新幹線の居眠り運転などは、睡眠時無呼吸症候群の関与と言われています。たったひとりの「眠れぬ夜」が大惨事を引き起こすことだってあるのです。

私たちはまず、そうした危険性を認識しておかなければなりません。そして、本人が不眠症を放置せずに適切な改善策を講じるのはもちろんのこと、その人を取り巻く家族や社会が積極的にサポートし、生活環境の改善に協力することが必要です。

もちろん、眠れない夜を過ごしている当人だって、のんきな日々を送っているわけではありません。不眠症はつらく、苦しく、やっかいな問題です。悶々と悩み、市販の睡眠薬を試してみたり、精神神経料を受診する人もいるでしょう。病院へ行けば、睡眠障害に十分な知識をもたない医者が、患者の要求に応じて適当な睡眠薬を処方してくれるかもしれません。しかし、睡眠薬の力を借りて無理に眠ったからといって、けっして状況がよくなるわけではありません。なぜなら原因が取り除かれていないからです。

まず知っておいていただきたいのですが、「不眠症」は病気の種類ではありません。発熱や吐き気、腰痛などと同じ、身体症状のひとつです。私たちの身体が何らかの症状を示すとき、そこにはかならずそれなりの原因かおるものです。

たとえば、ひどい腰痛に見舞われたら、あなたは真剣に原因を考えるでしょう。

「以前に診断された腰の椎間板ヘルニアが再発したのだろうか。いや、あのときより痛みが激しいような気がする。そういえば、尿管結石のときも背中が痛いと聞いたことがあるな。しかし、もっと悪い病気だったらどうしよう……」

そして、どんどん心配になり、病院に出かけるでしょう。腰痛という症状の裏に、恐ろしい病気が潜んでいる可能性を考えるからです。ところがなぜか不眠症の場合には、みなさん、眠れない原因を本気で追究しようとなさらない。人知れず悩んだり、周囲に「最近、ど
うも眠れなくて……」などと愚痴りながら漫然とつらい日々を過ごし、考えることといえばアルコールや睡眠薬に頼ることだけ。

しかし、原因に蓋をしたまま安易な対症療法に走るのはとても危険です。アルコールや睡眠薬の摂取を続ければ、それが習慣となり、どんどん量が増えて依存症に陥るかもしれないし、不眠症を引き起こしている病気が悪化する恐れもあります。薬物の力を借りて無理やり得られる眠りが、生物本来の自然な睡眠と違うことも忘れてはなりません。

睡眠薬を飲んで眠りにつくと、レム睡眠とノンレム睡眠のバランスが崩れ、レム睡眠が出にくくなるという実験結果があります。これでは心身の疲れ加癒されるはずはありません。酒を飲まなければ眠れないという人も要注意。軽い寝酒程度ならたしかに精神の緊張を解きほぐし、眠りを誘ってくれますが、過ぎた摂取はやはり睡眠のづフンスを破壊します。大酒を飲んでパタンキューと寝人った後、何度も目が覚めてつらい体験をしたという方はいくらでもいるでしょう。

そうした不自然な眠りを続けることで、また新たな症状が派生することもあります。不眠症と決別したいと思うなら、眠れない原因を取り去ること。それ以外に、本質的な解決方法はありません。