枕は、一度、高価なものを購入すれば、一生使えるというたぐいのものではありません。あなた自身の体格や体型が少し変化すれば、適切な高さも少しずつ変わります。また、寝具や就寝時の衣類によっても、高さは微妙に違ってきます。だから、いつも快適な状態で眠りたいと思うなら、そのときどきの体格や睡眠環境に合わせて、つねに調整したり、交換したりすることが必要です。
まずは体格や体型の変化にともなう調整についてお話しします。一年に5センチも6センチも身長が伸びる子どもと違い、大人の場合は通常、体重変化だけを考えればいいでしょう。5キロ大ったら枕を5ミリ高くし、逆に5キロ痩せたら枕を五ミリ低くする。これが基準です。そのため、私たちの整形外科枕も特殊ウレタンほか多層構造で、厚さ5ミリのシートを重ねることで微調整できるようになっています。
「首の長さが変わるわけでもないのに、なぜ?」と思われるかもしれません。しかし、肉づきが変われば、上向きの場合の背中の厚み、横向きの場合の肩から腕にかけての厚みも変わります。やはり枕の高さは変えなければなりません。
ただし、妊婦さんは例外です。体重増加は同じ5キロでも、下腹部から腰の変化が大きいだけで、上半身や腕回りの変化は案外、小さいためです。
一方、子どもの場合は、身長と体重の両方に変化が生じますので、さらにこまめな調整が必要です。身長の伸びこそは、骨格の成長変化だからです。身長がぐんと伸びる成長期には、肩幅を形成する左右の鎖骨も、腕の骨も、どんどん大きくなります。つまり、横向きで寝る場合の適切な枕の高さも変わっていくのです。
こういうお話をすると、「子どもの枕にも気をつかわなければいけないの?」と質問されることがあります。もちろんです。子どもの場合は、大人と比べて頚椎の神経が柔軟性に富んでいます。本来なら、寝姿勢が少し悪いくらいで首位肩が痛むこともありませんし、体調不良にもなりません。しかし最近では、ゲームのやりすぎや運助乍足などが原囚で、小学校高学年か肩こりのある子どもたちをよく見かけます。そのようなケースでは、大人と同じように、寝具が不適切だと朝の寝違えや首の痛みが出現しますので、やはり枕の調整は必要です。
次に、睡眠環境の変化にともなう枕の調整について考えてみましょう。
敷物の変化としては、ベッドを新調してマットの硬さが変わったとか、逆に長年使用している布団が徐々に沈み込みを起こした、畳に布団敷きからベッドに替えた、冬になって温かい羽毛パッドを追加敷きすることにした、などというときに要注意です。
軟らかい敷物では、身体が大きく沈み込かのに比べて頭部の沈み込みが小さいので、相対的に枕が高く感じます。反対に敷物がそれまでより硬くなれば、身体の沈み込みが小さくなるので、枕が低く感じます。どちらも身体に影響が出ない程度ならかまいませんが、首や腰に違和感かおるようなら枕を見直すほうがいいでしょう。
オーダーメイドやセミオーダーで購入した枕を自宅に持ち帰ったときも、使用感を確認する必要があります。フィッティングをおこなったときの敷物と、自宅で使っている敷物とで、硬さや感触が違う場合か1 るからです。
最後に、忘れてならないのがパジャマや寝巻きです。冬場になると、寒いからといってパジャマの上に厚手のセーターやフードつきのトレーナーを着たまま寝てしまう方がいらっしゃいます。なかには、防寒用のハイネック型羽毛ベストを着込んで寝る方までいるようです。セーターやベストを着て寝れば、たしかに寒くはないでしょう。しかし、首回りにはかなりの圧迫となります。また、太ったときと同じように上半身の厚みが増すので、相対的に枕が低くなってしまうことかあります。
こうした変化のほか、交通事故などでむち打ち症になったときや、加齢で腰が曲がり始めたときにも、やはり枕の高さを調整することは必要です。「枕は一生モノではない」ことがおわかりいただけたでしょうか。
正しい枕選びの絶対条件は、一に高さ、二に浮き沈みのない「フラット構造」、三に適宜調整。最低限、これらの条件を満たしたうえで、リラクゼーション効果や抗菌・消臭効果といったプラスαをもつものを選ぶようにしてください。そうすれば、大きな失敗はないはずです。
その様子をわかっていただくために、私はよく焼き鳥の話をします。焼き鳥屋さんのカウンターに座って仕事ぶりをながめた経験のある方なら、簡単に想像できるはずです。炭を敷いた渡し棒の上で、お店の人がころころと転がす焼き鳥の串。どうして、あんなに簡単に転がすことができるのでしょうか。
その秘密はまず、私たちの身体と同じように、真ん中に軸が一本、まっすぐに通っていること。そしてもうひとつは、渡し棒全体が凹凸のないフラットな面になっていることです。
もし、渡し棒に波打つようなカーブがあったり、くぽみがあったり、どちらかに傾いていたとしたら、焼き鳥の串を自在に転がすことはできません。「転がる」という動作を自然におこなうためには、下の面が平らであることが必要です。
それなのに、どうして市場にあふれる枕は、あんなにいろいろと工夫をこらし、複雑な形状をしているのでしょう。そして消費者は、どうして複雑な形状の枕ばかりを求めたがるのでしょう。私には不思議でなりません。
もう、おわかりですね。枕の絶対条件の第二とは、「適度な硬さ」と「平らな構造」のことなのです。世の中の常識にも、時流にも反する提言となるかもしれません。しかし、誰が何と言っても、平らで四角い枕がベストです。端から端まで、凹凸や鸞曲はいっさい不要です。よけいな装飾も無駄なだけ。いや、あってはならないと考えます。フラットにすべき理由はただひとつ。寝返りを打ちやすくするためです。
畳の上に転かって昼寝などするとき、手近にある座布団を2つ折りにして頭の下に差し込むと、意外に快適なものです。ベッドの上でなかなか寝つけないのに、座布団を枕にするとすぐ寝入ってしまうという人さえいます。それはおそらく、あのシンプルな形と横幅が枕にちょうどいいためです。
日本の標準的な座布団は50センチ四方ですから、真っ2つに切ったら50センチ、奥行き二五センチ。これは、枕としても十分な大きさです。大きな寝返りを打っても、横幅が50センチあれば頭が落ちることはありません。奥行きのほうは、かなり体格のいい男性の場合で30センチが基準ですから、少々小さめではあるものの、たいして不具合を感じることはないでしょう。
私たちの研究所で調整している「整形外科枕」も、座布団を2つに切ったような平らな枕です。父が開発した「せんべい座布団枕」を改良したものなのですから、当然といえば当然の話です。
つまり、私か理想と考える「整形外科枕」は、一見、何のへんてつもない平らな枕。この枕を使ってみると、どんなに頑固な肩こりも、頭痛も、嘘のように消えてしまうのです。ご愛用いただいている放送作家の山田美保子さんは、こんな感想を伝えてくださいました。
二五年間の肩こりが解消し、大好きなマッサージ通いの回数も減り圭しか。この消しゴムみたいな枕で眠ると、毎朝すっきりと目覚められるんです」 以来、私も、「こんな消しゴムみたいな枕ですが……」と前置さして、少々の自負を心の内に隠しながらかわいい我が子を紹介するように、我が枕を差し出すようになりました。
枕の高さと密接な関係にあるのが、硬さです。軟らかい枕では頭が簡単に沈み込んでしまうからです。最初はふおっと沈む感触が気持ちよく思えるかもしれませんが、気持ちいいのは寝入るまでの数分間だけ。睡眠中、ずっと理想の高さを保つことはできませんし、どんどん変形して寝返りが打ちにくくなることもあります。これでは、どれほど精密に計測してジャズトフィットする高さを決めても、ほとんど意味がないでしょう。
数字で示せる高さと違い、硬さを表現するのは簡単なことではありません。あえて言うなら「頭が沈み込まない硬さ」が基準です。かといって、奈良時代の陶枕のように硬い枕では万人向けとはいえません。枕に接する後頭部や顔の側面が不快に感じられるようでも、やはり硬すぎます。頭の重さを心地よく受けとめてくれる程度の柔軟性は必要です。
朝、起き上がったときに、自分か使っていた枕をまじまじと見つめてみてください。頭ののっていた部分が大きくくぼんでいませんか。詰め物のソパガラやプラスティックチップが端に寄って、いびつな形に変形してはいませんか。いずれも、枕が軟らかすぎる証拠です。適度な硬さと弾力性をもっか枕なら、頭の跡がくっきりと残ることはありません。
それ以前に、もともとドーナツ形の枕を使用していて、毎晩、ドーナツの穴に後頭部をはめ込んで寝ているなどという方はいませんか? 論外です。枕の形状については次の項で述べますが、ドーナツ形の枕では最初から変形した枕で寝ているのも同じこと。枕に穴など絶対に必要ありません。百害あって一利なしです。
十分な硬さを確保するためには、まず素材選びが重要です。羽毛やパンヤ、羊毛などの軟らかい素材よりは、ソパガラ、プラスティックチップなど硬めの素材を選ぶほうがいいでしょう。ただし、詰め物が袋の中でじやらじやらと動いて、やはり凹凸ができてしまうならドーナツ形と同じことです。低反発ウレタンフォームはへたりが問題。定期的なチェックと買い替えが必要です。
ぶわぶわの枕を使い慣れていた人がいきなり硬めの枕に替えると、後頭部が圧迫されるように感じることもあるでしょう。違和感がなくなるまでに1~2週間はかかるかもしれません。しかし、高さと硬さが適切であれば、かならず慣れますから焦らないで続けてみてください。
もし、いつまでたっても違和感が消えないとすれば、それは柔軟性の問題ではなく、高さ調節がうまくいっていないせいでしょう。枕が低すぎる場合にも高すぎる場合にも後頭部が「硬い」という違和感が生じます。
高さに関して、最後に確認しておきたいのは、寝返りの打ちやすさです。静的寝姿勢における高さ調節で5ミリの違いがはっきり認識できない人はいますが、そんな方でも寝返りを打ってみれば、その枕がほんとうに適切かどうかがわかります。
多くの人は、枕が高すぎると骨盤を使って腰のほうから寝返りを打とうとします。「よっこらしょ」と持ち上げるような感じです。反対に、枕が低すぎるときには上半身、とくに肩から寝返りを打とうとします。どちらの場合にも、かなりの筋力が必要です。
ところが、ちょうどいい高さの枕で寝ているときには、右向き、左向き、どちらからでも抵抗なく寝返りを打つことができます。ほとんど何の力を入れることもなく、ころころと身体の向きを変えられるのです。
「ビローフィツターでもないのに、正確に測れるだろうか……」
むずかしいことばかりお話しすると、こんな不安を抱かれる方がいらっしやるかもしれません。専門家が使うようなスケールもないし、計測専用の枕かおるわけでもないでしょう。だけど心配はいりません。ジャストに合わせるといっても、1ミリ、2ミリ単位の話ではなく、だいたい5ミリ単位を目安にしてください。
人間の感覚とはほんとうにすばらしいと、私は枕の調整作業をするたびに感じます。合わない枕で寝たときに「なんだか違う」と気づくのは、たった5mmの違いなのです。
5ミリといえば、考え上うによってはどうでもいいような単位かもしれません。ふだんなら、スカートのウェストが5ミリ小さくても、シャツの袖が5ミリ長くてもたいした間題ではないでしょう。ところが、枕の場合には5ミリの違いで、どちらが自分にとって適切かがはっきりわかります。あまりふかふかしていないパスタオルを二つ折りにしたくらいの厚さですから、ふだんお使いの枕にのせて試してみてください。
おもしろいエピソードをご紹介しましょう。82歳の女性のために、枕の調節をしていたときのこと。高齢のため背中が丸くなっていたこともあり、適合のむずかしいケースです。彼女は上向きに横たわりました。私は5ミリずつ枕全局くしていさながら、慎重に首の角度を測っていました。する、
ある高さに来たとき、彼女が突然叫んだのです。
「あ、これ、これ! これがいいわ!」
すぐに横向きや寝返りの打ちやすさも確認してみました。どうでしょう。驚くことに、その高さはすべての寝姿勢にジャストフィットしていました。
人間の能力には計り知れないものがあります。無意識のうちにも、自分にとって最良の状態を感じ取ることができるようです。
たとえば、枕が5ミリ低いとき、私たちはどうすると思いますか? 眠りながらも、枕の下に腕を差し入れて高さを調節します。寝ぼけながら、詰め物のソパガラを寄せて小高い山をつくり、その上に頭を置き直す人もいます。ソパガラの由加崩れるたびに、何度も同じ動作を繰り返しているのです。
それでは、枕の高さがほんとうにジャストフィットしたときには、どんな感じがするのでしょう。以前、私かTBSラジオに出演したとき、司会の小堺一機さんがとても上手な言葉で表現してくださいました。
「究極の枕で寝ると、枕をしている感じがしない・テーラーメイドで仕立てたスーツに袖を通したとき、洋服を着ていろって感じがなくなりますよね。軽いというか……。同じような感じですね」
そのとおりです。首のカーブを下から支えられているような感覚のあるうちは、まだまだ究極の枕とは言えません。首のポジションが最良のときは、首か肩の周辺がまるで空中に浮いているような、ほんとうに軽い感覚になるものです。
たかが5ミリ、されど5ミリ。それが枕の世界です。
まずは、マットや布団の上に静かに横だわって、首の角度が最良になる高さを決定しましょう。もちろん、上向き、横向きの両方で試してみなければなりません。
「枕は上向きで合わせるのですか、横向きで合わせるのですか?」
私はよくこんな質問を受けます。上向きで寝るときと横向きで寝るときでは、適切な枕の高さも違うはずだと思っていらっしやるのでしょう。「今使っている枕は、上向きで寝るときは快適だけど、横向きになると落ち着かない」と訴える患者さんもいます。
しかし枕は、上向きに寝ても横向きに寝てもフィットする高さでなけらばなりません。そのためには、上向きで寝たときの首の傾斜角と、横向きで寝かときの傾斜角を測り、双方の許容範囲がオーパーラップする高さを選べばいいのです。
上向きの場合の首の理想的な傾斜角は、床面(敷物面)に対して10度前後です。これは、類推にある頚神経の出口「椎間孔」がいちばん大きく開く角度です。出口が広がれば、そこを通る神経がゆるめられ、血液循環もよくなります。低すぎる枕や高すぎる枕では椎開孔が狭くなるため、頚神経が締めつけられ、血液循環が悪くなります。整形外科に通院したことのある方なら、むち打ち症などの治療でおこなう類推牽引をご覧になったことがあるかもしれません。顎にベルトをかけて首を上方に引っ張り上げる治療ですが、そのときに引っ張る角度も10度前後です。
この角度を保てる枕の高さと位置は、その人の肩の厚みや首の長さなどによって違ってきます。かならず実際に横たわり、誰か身近な人に寝姿勢を見てもらいましょう。低めの枕にタオルケットなどを重ねて、少しずつ合わせていくといいでしょう。
その際、枕を肩の下まで引き込んではいけません。首の傾きが変わってしまいます。適切な高さの枕なら、後頭部と背中の2点で頭部を支持できるはずですから、首の下には指が二本入る程度の隙問があっていいのです。
一方、横向きでは、下になるほうの肩を少し前に出し、身体の中心軸が床面と平行になるように合わせます。枕が高すぎたり低すぎたりすれば首が左右に傾くのでやはり椎間孔が狭くなり、肩や腕に向かう神経が圧迫されてしまいます。
もちろん、上向きと横向きでは理想の高さが違ってくる場合もあります。しかし、人間の身体とはほんとうにうまくできたもの。どちらにもある程度の許容範囲があり、とくに上向きで寝たときの傾斜角度は比較的、許容範囲(5~15度)が大きいのです。したがって、両方の許容範囲がオーパーラップする高さを決めるのはさほどむずかしいことではありません。
そもそも枕はどんな目的で存在するのか。ここでもう一度、基本に戻って考えてみましょう。どんな素材の枕を選ぶにしても、大前提となるのは、枕に頭を預けたとき、頚、腰、背骨全体が良い寝姿勢になること。枕の高さと形状はそれほど影響力が強いのです。
最近では、副交感神経を刺激する枕や、アロマセラピー枕、カラーセラピー枕、ゆらぎミュージックつきのヘッドソニックピローなど、リラクゼーション効果を謳う枕が次々と登場しています。もちろん睡眠中にリラックスできるのはいいことですし、抗菌力や免疫力もアップするなら、それに越したことはありません。女性にとっては「髪にやさしい枕」も魅力的ですし、汗かきの人なら「パソコン用放熱冷却シート内蔵枕」にも目が向くでしょう。
ただし、それらはあくまでも付加価値です。基本あってのプラスαなのです。枕障害を解消するために必要なのは、枕の基本、つまり絶対条件の見直しです。これからお話しする「正しい枕」の三大条件をしっかり踏まえたうえで、お望みの付加価値を兼ね備えた枕を選んでいただきたいと思います。
私か考える「良い敷物」の条件についてお話ししましょう。当然のことながら、敷物を選ぶ際にも、横だわった状態における私たちの首や背骨の状態を前提に考えなければなりません。
寝姿勢の本体は、頭から尾骨へとつながる一連の背骨、つまり脊椎です。脊椎は7個の類推と、12個の胸椎、5個の腰椎が椎間板と呼ばれる軟骨を介してつながり、一本の軸状になったものです。ここでは脊椎全体と椎間板についてお話ししましょう。
脊椎全体は、身体の正面から見るとまっすぐですが、根から見るとゆるやかにS字状のカーブを描いて鸞曲しています。立っているときに頭のほうからかかる重力や、足のほうから受ける衝撃を緩和するためです。椎間板もクッション材として衝撃を受けとめる役割を果たしていますが、もし脊椎がまっすぐの棒状であったら、さまざまな衝撃を逃すことができず、簡単に壊れてしまうでしょう。
でも、ちょっと想像してみてください。小さな骨がS字状に並んでいるというのはずいぶん不安定な感じがしませんか。やはり何らかの支えが必要です。そして、私たちの身体のなかでS字状の脊椎を支えているのが、周囲の筋肉や靭帯です。これらが前後左右から適度な緊張をもって支えることで、脊椎はちょうどいい鸞曲を保ちながら立っていることができるのです。舟の帆柱と帆綱のような関係です。
私たちが寝具の上に横たわると、筋肉や靭帯の緊張はやからが、脊椎の鸞曲もゆるやかになります。これが静的寝姿勢です。起きているときと寝ているときとで、私たちの身体は中心軸の形からして違っているわけです。
そして睡眠中には筋肉や靭帯の緊張がゆるんでいるからこそ、静的寝姿勢は枕の高さや寝具の硬さといった物理的な条件に大きく影響されます。枕の高さによって首の湾曲具合が決まれば、一連につなかっている腰の骨までが影響を受けます。長年、使い込んだために腰のあたりがへこんだマットで寝れば、首の傾きまでおかしくなってしまいます。
睡眠中の脊椎の状態は、楽に寝返りを打てるかどうかにも影響してきます。背骨が不自然にゆがんだ状態で寝ていれば、寝返りを打つにも必要以上のエネルギーをかけて筋肉を収縮させなければなりません。極端な場合には、寝返りが打てないこともあります。
最後に試してみたのは、ある外資系ベッドメーカーの体圧分散測定です。
眠りを考えるうえで、枕と切っても切れない関係にあるものが敷物。とくに上活か洋風スタイルになった現在では、ベッドのマットレス選びがきわめて有嘆です。いくら適切な枕を使用していても、身体に合わないマットや、枕との相性の悪いマットで眠れば、やはりさまざまな不都合を生じます。
そこで、顧客の体格や筋力に合わせて体圧を分散してくれるというマットを体験するため、ベッドメーカーのショールームヘ行ってみたのです。
ショールームには、硬さの違う2種類の「コイルマットレス」がありました。それらのマットの上に体圧を計測するためのシートを敷いて、被験者が仰向けに横たわります。すると、すぐに結果がコンピュータで解析され、被験者の体圧がどのように分散されるかが一目でわかるように色分けされた図がプリントアウトされるという仕組みです。
私の場合、2つのマットで測定した結果を比較すると、感触的に軟らかいマットで寝るほうが体圧はうまく分散されているようでした。身体のどこか一点、たとえば腰などに集中して圧力がかかることがないわけですから、それだけ楽に眠れるはずです。
しかし、ちょっと気にかかることがありました。私はいつも自宅で使っているマイ枕を持参して測定を受けたのですが、使い慣れた枕で試してみると、どうも硬いマットのほうが感触がいいのです。首や肩も楽だし、寝返りの打ちやすさも違います。
「どうも私の感じでは、こっちの硬いマットのほうが寝やすいように思えるのですが……」
私はおずむずと聞いてみました。店員さんは何と答えたでしょう?
「最終的にはお客様のお好みのマットをお選びください。硬いしっかりとした感触がお好きな方が軟らかいマットをお使いになると、なかなか寝つけないこともございます。私どもの体圧分散測定はあくまでもひとつの目安ですから、参考程度に考えてください」
ああ、またが…… どこへ行っても、何を試してみても、得られる答えはみな同じ。「お客様のお好み重視」ばかりです。枕選びのプロとしての、自信や確信に満ちたアドバイスはほとんど受けられません。唖然とするばかりです。
私としては、体圧分散マットの特徴についてもっと詳しく知りたかったし、枕とマットの関係についても前向きに議論してみたいところでしたが、「ほどほどにしておこう、もう無駄な挑戦はやめよう」と自分に言い聞かせて帰宅しました。
ところが、そんなある日、私はある国産ベッドメーカーの社員から、体圧分散ベッドについて初めて納得のいく説明を受けることができました。
「軟らかすぎるマットのように、体圧分散のメリットだけを前面に出した商品には問題があります。身体の局所に集中しがちな負担をやわらげることは重要ですが、これに加えて正しい寝姿勢を保てることや、寝返りが打ちやすいことなども考慮しなければなりません」
ほんとうにそのとおり。枕との相性も考えず、上向きに静かに横たわった場合の体圧ばかりをいくら上手に分散させても、それで安らかな眠りが得られるわけではないのです。体圧分散と体圧保持、この二つの機能を同時に満たすことが重要です。正しい知識がきちんと社員に浸透しているメーカーがあることを知り、私は救われた気持ちになりました。
再度、強調しておきたいのですが、枕にしても、マットや布団などの敷物にしても、寝具はいずれも「寝姿勢」で使用するものです。寝姿勢には2つの状態があります。身体の動きを止めて上向きや横向きに寝ている静的姿勢と、ダイナミックに寝返りを打つときの動的姿勢です。両方の姿勢に適合していなければ、良い枕、良い寝具とは言えません。
首の下をがっちりと固めてしまう枕や、「寝返りを打だなくてよい」マットなど、静的寝姿勢ばかり、それも上向きの姿勢ばかりを重視する商品をよく見かけますが、上向きでしか眠らないなどという人は地球上にひとりもいません。
次なる調査対象はいくつかのホテルが始めた新サービス、宿泊者のためのピローフィツティングです。私ひとりが体験してあれこれ批評しても信憑性に欠けるかもしれないと考え、今回は母と娘を同行することにしました。年代的には、ほぼ60歳、40歳、10歳の組み合わせです。
目的のホテルにチェックインしてピローフィツティングを希望すると、指定した時間にピローフィツターの女性がやって来ました。持参しているのは、もちろん類推のS字カーブを測る専用スケールです。
彼女は、私たらをベッドの端に腰掛けさせて、首の付け根と後頭部を結んだラインにスケールを合わせ、S字カーブの深さを慎重に測りました。このスケールには0.01センチ刻みの細かい目盛りがついており、私たちの計測結果はそれぞれ2.31、2.34、22.7でした。さあ、このいかにも精密そうな数字はどのような意味をもつのでしょう。
いよいよ枕をセレクトする瞬間がやって来ました。私は興味津々です。ところが、驚くではありませんか。ピローフィツターさんは、6、7種類の枕を私たちの前に並べて、こうおっしやるのです。
「どちらのタイプがよろしいでしょうか?」
目の前に並んだ枕は、素材も形状も異なるものばかりです。いきなり選べと言われても、素人では善し悪しがわかるはずもありません。そもそも、好みの枕を選んでいいというのなら、専用スケールを使って仰々しく測定した0.01センチ単位の数字はとこに、どう生かされるのでしょう。
単刀直入に聞いてみると、ピローフィッターさんは、迷う様子もなく答えました。
「軟らかい枕も、硬い枕も、お客様によってお好みはそれぞれですので、いちばんお好きなもので気持ちよく休んでいただきたいと考えております」
それ以上、議論する気持ちにはなれませんでした。
結局、母は就寝直前になって、セレクトされた枕(低反発ウレタンフォームの表面凹凸型)を放棄し、パスタオルを包んでつくった枕で眠りました。私はセレクト枕(いくつものパーツに分かれていて、各種の素材が入ったもので、とくにトルマリンが熟睡の秘訣とのこと)に挑戦しましたが、夜中に母に揺り起こされました。
「どうしてそんな苦しそうな格好で寝ているの。こっちの枕に替えなさい」
気がつけば、腕を身体の下に敷き込んだような半うつ伏せ寝状態になっています。隣に寝ていた母によれば、苦しそうな寝言まで発していたというではありませんか。私は眠たさと首の痛みで腺朧としながら、もともと部屋に備えつけてあった枕に交換して眠りました。
まだ小学生の娘は、慣れない枕でもさすがに熟睡できたようです。しかし、朝になってみると、枕がベッドから落ちて、完全な枕なし状態となっていました。
私たち三人、身体を張っての体験レポートでしたが、たったひと晩の間にも驚くこと、勉強になることがたくさんありました。
まずは、「布団屋さんの枕計測」編です。老舗の布団屋さんで枕を買おうとすればどういうことになるのか、私は前々から強い興味をもっていました。
「これまで使っていた枕がどうも合わないようなので……」
某寝具店の店員さんに打ち明けると、さっそく看板商品である布団の上に「仰向けに寝てください」と指示されました。初冬の季節だったので、私はブラウスの上に少々厚みのあるジャケットを着ていました。だから、「服はこのままでいいですか?」と聞いてみました。店員さんは「そのままで大丈夫ですよ。どうぞ、どうぞ」と促します。
しかし、ジャケットを着たままでは、パジャマ一枚で寝るときとは厚みがずいぶん違うではありませんか。私は「でも、上着のままでは、寝るときとは違いますよね」と言って、強引にジャケットを脱ぎました。店員さんはちょっとあきれた様子で、苦笑いをしています。
「どちらでも結構ですよ。お客様、枕にはかなりこだわりをおもちのようですね」
私は心のなかで「そちらこそ、こだわりがなさすぎるんじやないですか」とつぶやきます。
さて、布団の上に横たわると、背中の下に何か計測用の器具を置かれたようでした。計測具と連動して、近くのパソコンにデータが表示されている上うです。店員さんはしばしディスプレイ画面をにらんでから、「お客様にはこれがいいでしょう」と言って、最初の枕を私の頭の下に突っ込みました。
「どうも……、右首からケンビキ(肩甲骨)のあたりが痛いような感じですが……」
私は率直な感想を述べました。すると今度は、素材も、高さも、最初の枕とはまるで異なる枕を押し込み、「こちらではいかがでしょう?」。なんだか、枕全体がふにや1つと頼りなく、頭全体が奈落の底に沈んでいくようです。
「うわ―、これじやあ低すぎますよ。頭が沈んじやいそうです」
店員さんは動じる気配も見せず、平然と言います。「高くて硬めの枕がお好きなようですね。いつも、硬めの枕でお休みですか?」「まあ……」と曖昧に答えながら、私はふたたび心のなかでつぶやきました。「いちいち客の好みを聞いてどうするの? 私の好みに頼って選ぶつもり?」
そんなことを考えている間に、私の頭の下にはそそくさと三番目の硬い枕が差し込まれました。しかし、そんなように簡単に取り替えられるものなのでしょうか。だとしたら、あの精密そうな計測や、パソコンがはじき出しかデータはどれはどの意味をもつのでしょうか。
結局、この店の枕計測は最後まで上向きのみで終わりました。私か寝返りを打ったり、横向きで眠ることなど、想像もしていないのでしょうか。腹がたつより、悲しくさえなってしまった私は、最後に恐る恐る間いてみました。
「私の場合、枕の高さはどのくらいがいいのですか」
店員さんは迷うことなく答えました。
「お客様は小柄ですし、背中の厚みもないので、まあ、一~ニセンチの枕がちょうどいいはずです」
なんと…… 私たちの研究所のデータから言えば、高さ1~2センチの枕に適合するのは、小学生以下の子どもです。もちろん体格にも上りますが、小学校高学年から中学生の子どもだって、平均して高さ3~4センチの枕は必要です。
2003年12月のその時点で、私の身長は160センチ、体重は48キロ。いくら何でも小学生以下の体格とは言えません。さらに、自慢ではありませんが、交通事故歴4回、むち打ち症歴三回で、首に障害をもつ私の場合、ジャズトフィットする枕は高さ47~50ミリ(コイルマットレスの上に薄い汗取りシート一枚を敷き、綿の寝巻きで寝た場合)のはずです。実際、その条件で寝るかぎり、むち打ち症の後遺症が出ることもありません。
はたして、店員さんの主張する高さ1~2センチの枕」で寝たらどうなるのか……。ぞっとしました。おそらく、朝起きたら首部回らなくなっていることでしょう。